第12話

=Easy Living フィル・ウッズ=

若くしてスターになったスタン・ゲッツに対して、
その3歳年下のフィル・ウッズ
今でこそ押しも押されもせぬ「大御所」の一人ですが、
私がサックスを始めた60年代後半の日本では、
そのすばらしい才能と演奏にもかかわらず、
まだ「知る人ぞ知る」という存在に甘んじていました。

そういう私も、やがて強く影響を受けることになる
フィル・ウッズの存在などつゆ知らず、
過去の名盤を物色する傍ら、当時のリアルタイム音楽としては
エレクトリック・サウンドに衣替えしたマイルス・デイヴィスや、
フリースタイルに突き進むチック・コリアを聴いたりしていたのですが、
初心者にとってアドリブの方法論を盗み取る対象としては
ちょっと消化不良気味で、ある種のフラストレーションを感じていました。

今思えばこの時期、フィル・ウッズならずともアルト・サックスという楽器自体が
不遇の時代を迎えていたと思われるのですが、そんな時に突如現われた
「フィル・ウッズとヨーロピアン・リズム・マシーン」。
自分と同じ楽器の目指すべき人にリアルタイムでようやく出会えたという思いで、
強く意気に感じたのを覚えています。

A面:
1.And When We Are Young
2.Alive And Well

B面:
1.Freedom Jazz Dance
2.Stolen Moments
3.Doxy

フィル・ウッズ(As)
ジョルジュ・グルンツ(P)
アンリ・テクシェ(B)
ダニエルユメール(Dr)
Alive And Well In Paris、1968
Phil Woods And His European Rhythm Machine



当時のアメリカのジャズ状況に見切りをつけ、フランスに渡り、
ヨーロッパのミュージシャンとバンドを組んだフィル・ウッズの第一作目がこれ。
現在では「名盤」とされるこのレコード、もちろんすばらしい出来栄えのアルバムなのですが、

私のお薦めは、
同じパーソネルでの69年のモントルー・ジャズ・フェスティバルのライブ盤。


A面:
1.Capricci Cavaleschi
2.I Remember Bird

B面:
1.Ad Infinitum
2.Riot

バップスタイルをベースにしながらも、大胆でパワフルなソロ、
リズムセクションとのダイナミックなインタープレイと、よりモダンな演奏。

選曲もフィル、グルンツのオリジナルに加え、
Stolen Moments(オリヴァー・ネルソン
Freedom Jazz Dance(エディー・ハリス
I Remember Bird(レナード・フェザー
Riot(ハービーハンコック
と、当時の話題作となるモダンナンバーを積極的に採り上げています。
Phil Woods and his European Rhythm Machine
at the Montreux Jazz Festival、1969




中でもI Remember Birdは出色の出来栄え。
高名なジャズ評論家である、レナード・フェザーのペンになるブルースの変形で、
ちょっとモダンなコード進行なのですが、それを難なくこなし、
さらに途中でダブル・テンポにするというアレンジが洒落ています。


このグループ、72年に解散しフィルが帰国するまでの間、巷ではかなりの人気で
売り上げも相当あったと思うのですが、それでも評論家やジャズマニアには
あまり評価されなかった記憶があります。
その後のジャズが辿った変遷を考えると、当時からもっと高く評価されても
よかったのではと今さらながら思ってしまいます。

ちなみに72年といえば、前述のチック・コリアもフリー路線を突如として転換し、
エレクトリック・ピアノとジョー・ファレルのソプラノ・サックスで
「リターン・トゥ・フォーエバー」を結成し、物議をかもした年でもあります。




ところで、



ちょっと独断でジャズのスタイルと楽器の関係の歴史を振り返りますと、
各時代のアドリブ・スタイルと、それを演奏する楽器との相性により、
「時代の花形」となる楽器がある程度決まってくる傾向があるようです。

ディキシー時代には唄に近いスタイルのソロでトランペットが脚光を浴び、
スウィング時代にはその速い分散和音的メロディがクラリネットをクローズアップ。

ビバップ時代になるとチャーリー・パーカーの登場により、
その複雑で速いメロディスタイルがテナーより高音域でクリアな音色のアルトが相性が良く、
続々とアルト吹きが登場。当時クラリネットでディキシーやスウィングを学んでいた学生たちは
いっせいにアルト・サックスに持ち替えたということです。
これをきっかけにテナー・サックスも次第にクリアな音色、高音域の多用へと変化を遂げます。

その後、ハードバップ時代になるとジャズ・メッセンジャーズのスタイルである、
テナー・サックスとトランペットの2管編成が主流となり、
多様なリズムとブルーノートの採用で再びトランペットが主役に。
アルト・サックスはどちらかというとより保守的なスタイルで
カルテット演奏することが多くなります。

さらにポスト・バップ時代になると、ジョン・コルトレーンなどの影響で
テナー・サックスに衆目が集まり、やがてエレクトリック・サウンドが登場すると、
それとの相性でソプラノ・サックスも多用されるように。
アルト・サックスの影は次第に薄くなって行き、この時期、既に有名プロとなっていた人でも
テナーに持ち替える人が現われます。
(アルト・サックスでコルトレーン・スタイルを演奏しても全く“ピン“と来ないんですね、
これが不思議と…。私ものちに一時期テナーに持ち替えることになります。)

長くなるので省略しますがこの後、
ピアノの時代(コルトレーン・スタイルのハーモニーとの整合性)
ギター、シンセの時代(加えて、ホーンライクなエフェクト)を経て、
現在、再び管楽器の時代がやって来たのは
私達管楽器奏者にとって大変喜ばしいことではあります。




話は戻ってフィル・ウッズ。
パーカーを信奉し、その楽器を譲り受けただけでなく、未亡人と結婚し、
子供まで引き受けたというのは有名なエピソードですが、
高校生時代に地元スプリングフィールドからニューヨークまで通い、パーカーの演奏を聴き、
レニー・トリスターノのレッスンを受けていた彼は、卒業するとニューヨークへ移り住み、
マンハッタン音楽学校に進みます。

さらに名門ジュリアード音楽院を経て、54年にはジョージ・ウォリントンに見出され、
退団するジャッキー・マクリーンの後釜としてプロデビュー。
すぐにリーダー・アルバムもリリースし、音もプレーも瓜二つのアルト・サックスの相棒
ジーン・クィルを得て、双頭バンド「フィル・アンド・クィル」を中心に57年まで精力的に活動し、
この時代にひとつのピークを迎えます。


70年代中盤になると、ヨーロピアン・リズム・マシーンのヒットのおかげで、
日本では未発表だった50年代のアルバムもようやく手に入るようになり、
この「フィル・アンド・クィル」もけっこうな人気を博しました。
でも、この時期にあえてカルテットでリリースしたのが、今回最もご紹介したかったこのアルバム。


A面:
1.In Your Own Sweet Way
2.Easy Living
3.I Love You
4.Squire’s Parlor

B面:
1.Wait Till You See Her
2.Waltz For A Lovely Wife
3.Like Someone In Love
4.Gunga Din

フィル・ウッズ(As)
ボブ・コーウィン(P)
ソニー・ダラス(B)
ニック・スタビュラス(Dr)



Warm Woods
The Phil Woods Quartet、1957
ヨーロピアン・リズム・マシーンより約10年前の録音、
よりストレートでロマンティックな演奏で、
聴きやすく作品としてのクオリティが高く、アドリブ研究にも役に立つ、
そんなアルバムに仕上がっています。
私はこのアルバムに強く惹かれ、選曲、フレージング、アーティキュレーション
イントネーションなど、
強く影響を受けることになりました。

特にA面の最初の3曲が傑出した演奏で、
デイブ・ブルーベックが56年に発表した佳曲In Your Own Sweet Wayをいち早く採り上げ、
リリカルな演奏。
If I Should Lose Youなどで知られる作曲家ラルフ・レインジャーのEasy Livingと
コール・ポーター作のI Love You。
どちらもスタンダード・ナンバーの有名作曲家で、多くのプレイヤーがこの曲を演奏していますが、
私はこの演奏がベストだと思っています。
あまりにすばらしいのでこの2曲は全て採譜し、それでも飽き足らず、
5サックスのソリにアレンジしてしまったほどです。

しかし、57年といえばハードバップ全盛の時期。
あまりセールスに結びつかなかったのか、
このアルバムが50年代最後のアルバムとなり、この後しばらくリーダー・アルバムは
途絶えることになります。
その後のフィルはベニー・グッドマンベニー・カーター
クインシー・ジョーンズなどのオーケストラや、
ハリウッドなどのスタジオでの活動を余儀なくされることになりますが、
それでも珠玉の演奏があちらこちらに残されています。

その辺についてはまた次回お話したいと思います。
次回へ続く


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