第6話

=A Day In The Life=

■レコード屋で“ジャケ買い”B
私が大学生になった72〜73年頃、それまでお茶の水、神保町界隈のジャズ喫茶を
根城にしていた私は、キャンパスが三鷹だったこともあり、吉祥寺に頻繁に
通うようになりました。
当時の吉祥寺は再開発の真っ只中で、高校生の頃に行った時には存在しなかった
「サンロード」なる近代的ショッピング・モールが出現、闇市のような飲み屋街も
まだ混在していましたが、すぐに近鉄や東急のビルが建ち、さらにはパルコと、
当時最先端だった渋谷公園通り沿いのような近代的な街にみるみるうちに変身していきました。

ジャズ喫茶もこの影響を受け、老舗の「Funky」「Meg」などに加えて、
ロフト風ライブハウス「Sometime」や、ピアノラウンジ風「Ham & Egg」、
カフェテラス風の「Plentyしもん」、紅茶専門店「Tea Clipper」、「おたまじゃくし」、
「西洋乞食」など新しいお店が続々と登場しました。
(どうもこれらの店のほとんどはその‘老舗’の経営だったらしいのですが)
その新参のお店ではそれぞれインテリアなどにも気を遣い、明るい雰囲気で、
“ジャズ喫茶は一人で行って黙々とジャズを鑑賞するもの”から、
“友達と雑談しながらBGMとしてジャズが流れるお店”というスタイルへの提案となりました。
その後80年代になるとJazz Barなる言葉が一般的になりますが、このような兆しは
吉祥寺が一番早かったんじゃないかと思います。

そんな中でも一番よく通ったのが「Plentyしもん」。
元々は国立にあったお店で、のちには渋谷のパルコ裏にも支店を出していました。
大きなガラスウィンドーで採光し、店の真ん中に大ガラステーブル、その上には
特大の豪華フラワーアレンジメントが飾られ、メニューにはトロピカル・ドリンクなども。
当時すでにかなり本格的にジャズにのめり込んでいた私ですが、必ずしもジャズファンとは限らぬ
友達やガールフレンドと一緒の時はいつもこのお店でした。

さて、そこで聴いた音楽の記憶といえば、
デオダート
スタンリー・タレンタイン
フレディ・ハバード
チェット・ベイカー
ポール・デズモンド
ジョージ・ベンソン
など、思い出せるのはCTI レーベルのアルバムばかり。
どうも私の頭の中ではこのお店とCTIのイメージは完全に重なってしまっているようです。

《A Day In The Life》 ウェス・モンゴメリー、1967

吉祥寺時代より遡ること数年前、私が最初に聴いたCTIのレコードがこれ。
最も初期にリリースされたアルバムのひとつで、これもジャケットが気に入って買ったもの。
当時としてはとても斬新なデザインで、白地に大きな写真がレイアウトされ、
二枚組みでもないのに見開きのジャケット、開いた状態で表紙と裏表紙全体で ひとつのデザインという個性的なものです。
A Day In The Life


CTIのジャケット写真のほとんどを手がけたピート・ターナーによる写真は、
灰皿に捨てられたタバコの吸殻がアップで写っているだけ。 
でもよく見ると吸い口に口紅の付いたものもあり、その量といい、なにやら意味ありげ。
LPのジャケットでは色合いがもう少し濃く、口紅の色ももっとはっきりしていたのに、
CDではちょっと判りにくくて残念!でも、A Day In The Lifeのタイトルと共に、
このフレームの外の状況やその前後関係など、空間的時間的な想像力をかき立てるもので、
高校生だった私たちの間ではこの写真の「解釈」をめぐってけっこう話題になりました。
(ばかだねぇ!)

中身の方はまずメンバーが、
ハービー・ハンコック(P)、ロン・カーター(B)、グラディ・テイト(Dr)の
そうそうたるリズムセクションに、ドン・セベスキーのアレンジによる
ストリングス入りのオーケストラ。録音はルディ・ヴァン・ゲルダー

60年代初期までのフリー・ジャズなどの行き過ぎた聴衆無視に対する反動か、
このアルバムでは“Mellow Jazz”と銘打ち、ジャズの香りを残しながらも
イージー・リスニング路線を狙ったもので、クロスオーバー
のちのフュージョンなどへの流れを先取りしたものとして象徴的なアルバムとなり、
こののちCTIは70年代のジャズ・シーンをリードするレーベルとなります。

このアルバムでは、せっかくのスター・リズムセクションなのに、ほとんどが
全く譜面どおりにしか演奏することを許されず、もったいないといえば
もったいないのですが、その反面、あのハービー・ハンコックがおとなしく
譜面だけを演奏している姿を想像すると、ちょっと微笑ましくもある雰囲気です。

そんな中でウェスだけが自由に弾きまくっているのですが、
それとてこのアルバムで有名になった「オクターブ奏法」なので、
通常の単音のソロとはだいぶ趣きが違います。ウェスの熱狂的ファンの中には
このウェスのスタイルを「軟弱だ」とこき下ろす意見もあるようですが、
それでもWatch What Happensのソロなど超一級のアドリブで、
「普通のジャズ・ギター」よりはこの個性的なスタイルの方が私は好きです。
それになんと言っても、ウェス・モンゴメリーの名を世界に知らしめ、
この種の音楽の存在を世間に認知させた意味は大変大きいと思います。
残念ながらウェスはこの後数枚のアルバムリリースを最後に亡くなってしまうので、
彼自身がこのスタイルをその後もずっと続けるつもりだったのかどうかは謎のままです。

ジャズのストリングス・アレンジについてはまた機会があればお話したいと
思いますが、ナット・キングコールビング・クロスビー時代をピークとする超豪華ストリングス・アレンジ以降、ちょっと低迷していたジャズ、ポップスの
ストリングスに新風を吹き込み、独特のヴォイシングやイントネーションを
持ち込んだのがドン・セベスキーで、このアルバムの出来の大半は彼の
アレンジに依存しています。この後やはりCTIからセベスキー名義で数枚の
アルバムもリリースし、さらには「コンテンポラリー・アレンジャー」という本も
出版しています。
(ちなみにこの本はアレンジの技術的方法というよりは各楽器とヴォイシングの相性や構成、フォーカスの置き方などの考え方を紹介するもので、とても
参考になるものですが初心者向きではありませんので、念のため。)


ヴァーブ・レコード時代にアメリカにボサノヴァを紹介したテイラーは
CTIにおいてもボサノヴァを代表とする中南米音楽の紹介や、既存ミュージシャンに
新しい味付けをするなどのプロデュースで人気を博しますが、次第にポップス志向が
色濃くなり、やがて本格的なフュージョンブームが到来する80年代になると、
さまざまなレーベルが競い合う中に埋没し、その独自色は希釈されていきます。

CTIの他のお薦めは
《Wave》
アントニオ・カルロス・ジョビン、1967
    


《Walking in Space》
クインシー・ジョーンズ、1969
    


《Red Clay》
フレディ・ハバード、1970
    特にお薦め
    


《She Was Too Good To Me》
チェット・ベイカー、1974
    特にお薦め
    

次回へ続く


<JAZZ RANDOM WALK>

第1話
第2話
第3話
第4話
第5話
第6話
第7話
第8話
第9話
第10話
第11話
第12話
第13話

JAZZ RANDOM WALK TOP